測定しないものは、マネジメントできない~デミングの名言に学ぶシステム思考と継続的改善~

目次

ビジネスの本質を突く名言

「なぜこの施策はうまくいかないのか」
「どうすれば業績を改善できるのか」

本当の意味での問題解決には何が必要なのでしょうか。

ビジネスプロセスの改善や成果の向上を確実に実現するための、普遍的な原則とは何でしょうか。

品質管理の巨人が示した原則

“You can’t manage what you don’t measure.”(測定しないものは、マネジメントできない。)
– W. Edwards Deming(品質管理の権威)

PDCAの生みの親、デミング

統計的品質管理の父として知られるデミングの言葉は、データに基づく管理の基本原則を示しています。
この原則は戦後の日本の品質革命に多大な影響を与え、「測定→改善→検証」という継続的改善サイクル(PDCAサイクル)の重要性を広めました。

デミングは「感覚や直感ではなく、データに基づいて意思決定する」という科学的アプローチを提唱し、これはマーケティングにおいても重要な原則となっています。
彼は同時に「システム思考」の重要性も強調し、個別の数値だけでなく、それらが相互にどう関連し、全体としてどのように機能しているかを理解することの重要性を説きました。
デミングの教えは、マーケティングにおいても「測定→分析→最適化」という継続的改善プロセスの基盤となっています。

デミングが変えた品質管理の歴史

ウィリアム・エドワーズ・デミング(1900-1993)は、米国の統計学者、経営コンサルタントとして、品質管理の分野に革命をもたらしました。
第二次世界大戦後、日本の製造業再建のために招かれたデミングは、統計的品質管理の原則を日本企業に導入し、のちに「日本の品質革命」と呼ばれる劇的な品質改善を実現しました。

皮肉なことに、デミングの教えは当初、米国では十分に評価されませんでした。
しかし1970年代以降、日本企業が世界市場で躍進すると、米国企業もようやくデミングの方法論に注目するようになります。
彼の教えは製造業を超えて、サービス、教育、政府など様々な分野に広がりました。

システム思考の基本概念

デミングが強調した「システム思考」は、彼の名言を深く理解するための重要な鍵です。
システム思考とは、物事を孤立した要素としてではなく、相互に関連する全体的なシステムとして捉えるアプローチです。

システム思考の考え方① 全体は部分の総和以上である

システム思考の中心的な考え方は、「全体は単なる部分の寄せ集め以上のものである」というものです。例えば、優れた製品やサービスは、個々の機能や特徴だけでなく、それらが組み合わさったときのユーザー体験や価値によって評価されます。

マーケティングの文脈では、個別の指標(ウェブサイト訪問者数、クリック率、コンバージョン率など)を単独で最適化するのではなく、顧客体験全体を向上させるという視点が必要です。

システム思考の考え方② 因果関係ではなく循環的なフィードバックループを見る

システム思考では、単純な「原因→結果」という直線的な思考ではなく、循環的なフィードバックループを重視します。これには二種類のフィードバックがあります。

強化フィードバック
変化が同じ方向にさらなる変化を引き起こすループ(例:優れた顧客体験→口コミの増加→新規顧客の増加→さらなる体験向上のための投資)

バランスフィードバック
システムを安定させる方向に作用するループ(例:顧客需要の増加→生産能力の限界→納期の延長→顧客満足度の低下→需要の減少)

マーケティング戦略においても、単一の施策の効果だけでなく、それが他の要素にどのような影響を与え、どのようなフィードバックが生じるかを予測することが重要です。

システム思考の考え方③ 遅延効果を認識する

システム内の変化は即座に現れるとは限りません。「原因」と「結果」の間には時間差があることが多く、これを「遅延」といいます。遅延を理解せずに対応すると、過剰反応(オーバーシュート)や意図しない結果を招く可能性があります。

マーケティングにおいても、広告キャンペーンの効果やブランド認知の変化には遅延があります。即座に結果が出ないからといって施策を急に変更すると、本来得られるはずだった効果を見逃す恐れがあります。

システム思考の考え方④ レバレッジポイントを探す

システム思考では、「小さな変化で大きな効果を生む箇所」を見つけることが重要です。
これを「レバレッジポイント(てこの視点)」と呼びます。

ビジネスのあらゆる側面を同時に改善しようとするのではなく、全体に大きな影響を与える要素を特定し、そこに資源を集中することが効果的です。
例えば、顧客生涯価値(LTV)を最大化するためには、新規顧客獲得、リピート率向上、客単価増加などの要素がありますが、どの要素がシステム全体に最も影響を与えるかを特定することが重要です。

PDCAサイクルとデミングの継続的改善

デミングの教えの核心は「継続的改善」にあります。
彼が提唱したPDCAサイクル(後にデミングサイクルとも呼ばれる)は、システム思考を実践的なプロセスに落とし込んだものです。

PDCAとは何か

PDCAサイクルは以下の4つのステップからなります:

  1. Plan(計画): 目標設定と達成のためのプロセス設計
  2. Do(実行): 計画の実施
  3. Check(評価): 結果の測定と分析
  4. Act(改善): 分析に基づく改善と標準化

このサイクルを継続的に回すことで、漸進的かつ持続的な改善を実現します。

PDCAサイクルの実践例

製造業では、製品の不良率削減のためにPDCAサイクルを以下のように適用します。

Plan: 不良率を現在の5%から2%に下げる目標を設定し、統計的分析から主要な不良原因を特定
Do: 特定された原因に対処するための改善策を実施
Check: 改善後の不良率を測定し、目標との差異を分析
Act: 効果的だった改善策を標準作業手順に組み込み、新たな課題に対して次のPDCAサイクルを計画

マーケティングにおいても同様のアプローチが適用できます。

Plan: ウェブサイトのコンバージョン率を2%から3%に上げる目標を設定し、ユーザーの行動分析から改善ポイントを特定
Do: A/Bテストなどを通じて、ランディングページのデザインやコピーを改善
Check: 改善後のコンバージョン率を測定し、どの変更が効果的だったかを分析
Act: 効果的な変更を本番環境に適用し、次の改善サイクルを計画

現代ビジネスにおけるデミングの原則の応用

デミングの教えは、今日のビジネス環境でどのように活かせるのでしょうか。その応用例を見てみましょう。

Amazonのデータドリブン文化

Amazonは「測定しないものは、マネジメントできない」という原則を徹底的に実践しています。

  • あらゆる顧客接点で詳細なデータを収集・分析し、パーソナライズされた体験を提供
  • 「単一障害点をなくす」というシステム思考に基づいたシステム設計
  • A/Bテストによる仮説検証の文化

ジェフ・ベゾスのリーダーシップのもと、Amazonはデータに基づく意思決定を企業文化として根付かせ、顧客体験の継続的改善を実現しています。

トヨタ生産方式とカイゼン

デミングから直接影響を受けたトヨタ自動車は、独自の継続的改善プロセスを発展させました。

  • 「見える化」による問題の早期発見(アンドン、かんばんなど)
  • 「5つのなぜ」による根本原因分析
  • 小さな改善の積み重ね(カイゼン)
  • システム全体最適化の追求(ジャスト・イン・タイム)

トヨタの成功は、デミングの教えを実践することで品質と効率の両立が可能であることを証明しています。

マーケティングへの応用

デジタルマーケティングにおいても、デミングの原則は強力なガイドラインとなります。

  • 適切な指標の選択
    ページビューやフォロワー数といった「バニティメトリクス」ではなく、顧客獲得コスト(CAC)や顧客生涯価値(LTV)など、ビジネスの持続可能性に直結する指標に焦点を当てる
  • 全体最適化
    各チャネルやタッチポイントの個別最適化ではなく、顧客体験全体を向上させるという視点を持つ
  • アジャイルな改善サイクル
    月次・四半期レポートの作成と保管だけでなく、データに基づく迅速な意思決定と改善のサイクルを回す
  • 意味のある変動の識別
    短期的な数値の変動に過剰反応せず、自然な変動と真の異常を区別する能力を養う

これらのアプローチにより、より効果的かつ効率的なマーケティング活動が可能になります。

まとめ:デミングの知恵を活かす

デミングの「測定しないものは、マネジメントできない」という名言の本質は以下の点にあります:

  1. 測定によって客観性を確保する: 感覚や直感ではなく、データに基づいて判断する
  2. システム全体を理解する: 個別要素だけでなく、それらの相互関係と全体のパフォーマンスに着目する
  3. 継続的改善のサイクルを回す: 一度きりでなく、PDCAサイクルによる持続的な向上を目指す

これらの原則は、製造業からマーケティング、サービス業まで、あらゆるビジネス領域に適用可能です。
デミングが戦後の日本企業に教えたように、測定とシステム思考に基づく継続的改善は、今日のビジネス環境においても成功の鍵となります。

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